
寂寥感が
教えてくれる
成熟のギフト
“ちゃんとした私”を卒業した、その先へ
寂寥感(せきりょうかん)という名の風は、
あなたを責めるために吹くのではありません。
それは、何かが足りないという欠落のサインではなく、
「もう次の人生の層へ行ける」という、静かな合図です。
誰かの期待に応える人生、
役割を果たすことで成立していた“ちゃんとした私”。
そのステージを、あなたが十分に生ききったからこそ、
この風は吹き始めます。
私は、14年・1万人を超える心の現場で、
この風に何度も立ち会ってきました。
恵まれている。問題もない。
それなのに、なぜか満たされない。
その奥に、必ずと言っていいほど現れるのが、
寂寥感(せきりょうかん)という名の、
言葉にならない感覚でした。
多くの人は、この感覚を
「贅沢な悩み」「弱さ」「感謝不足」
として、無意識に押し戻そうとします。
けれど私は、違う確信を持つようになりました。
寂寥感(せきりょうかん)とは、
心が成熟し、次の生き方を求め始めたサインなのだ、と。
この風の正体を、私はひとつの体系として言葉にしました。
それが、新心理学(Neo-Psychology)です。
新心理学は、心の癒しで終わる心理学ではありません。
心・お金・選択・行動という現実の層と、
意識・直感・宇宙という目に見えない層を、
切り離さず、ひとつの流れとして扱います。
なぜなら、寂寥感(せきりょうかん)が生まれるのは、
現実と意識のあいだに“ズレ”が起きたときだから。
内側では、もう次の人生を生きたいのに、
外側の生き方が、まだ前の章のまま。
その違和感こそが、寂寥感(せきりょうかん)という風の正体です。
この本(LP)は、その風を消すためのものではありません。
風を感じ、意味を知り、追い風に変えていくための、最初の扉です。
“ちゃんとした私”を卒業したあなたが、
次の人生を、派手ではなくても、
確かに、自分の足で生き始めるために。
どうか、急がずに。
一度、深く呼吸をして。
あなたの中で吹き始めた風の声を、
いっしょに聴いていきましょう。
――心みねこ
風が吹く午後に
その風は、時折、顔を覗かせていた。
あの頃もそう。
洗い立てのカーテンがふわりと揺れた午後。
家は静かで、夫は仕事に、子どもはそれぞれの場所へ。
久しぶりに訪れた「ひとりの時間」のはずなのに、
胸の奥で何かがそっと軋んだ。
ああ、私、いま寂しいのかもしれない――。
けれど、それは涙を流すほどの悲しみではなく、
空気のように淡く、理由もなく心の中に漂っていた。
「何も足りないものはないのに、なぜこんなに虚しいんだろう」
“ちゃんとした私”の終わり
私たちの多くは、“ちゃんとした私”として生きてきた。
親の期待に応え、仕事では空気を読み、
家庭では争いを避け、いつも「いい人」でいる。

日本社会に根づく「和を乱さぬこと」という美徳。
それが知らぬ間に、心の奥で小さな檻を作る。
私は長く、その檻の中にいた。
心理カウンセラーとして人の話を聞くたび、
相手の痛みの奥に、自分の過去を見ていた。
「いい子でいなきゃ」
「感情を出したら嫌われる」
「誰かの期待を裏切ってはいけない」
そんな無言の契約を背負ったまま、
いつのまにか“自分の声”が聴こえなくなっていたのだなと。
けれど、心理の世界に入ってから気づいた。
この寂しさは、足りないからではなく、
もう充分に頑張ってきた証だということに。
心は言葉よりも正直だ。
「そろそろ仮面を外してもいいよ」と、
風のように告げてくる。
寂寥感は、終わりの合図ではなく――解放の合図。
他人の幸せと自分の幸せがズレるとき
長いあいだ、私は“誰かの幸せ”を自分の幸せに重ねてきた。
家族が元気なら、自分も嬉しい。
かわいそうな母の役に立つことで笑顔になってくれたら嬉しい。
それは美しい生き方でもあり、同時に、
「他人の物語」を生きることでもあった。
いつからだろう。
他人の期待を優先し続けるうちに、
“私”という主語が、どこかに消えていった。
けれど、40代を過ぎた頃、
ふとその構図がずれていることに気づく。
――あれ?
誰かの笑顔を支えるほど、
自分の笑顔が減っていっている。
誰かの夢を叶えるほど、自分の夢が薄れていく。
仕事で成果を出しても一時的。
感動はせいぜい3日。
これが定年まで続くの?と思うと虚無感に襲われる。
このズレが、静かな痛みとして現れるのが、寂寥感だ。
けれど、それは悪いことではない。
むしろ、長年の“他人軸”から“自分軸”へ戻るための
微細な揺らぎ。
「もう、自分の幸せを生きていい」
そう言って、心が重心をずらす瞬間なのだ。
寂寥感の正体

寂寥感(せきりょうかん)は、心の“空白”のように感じられる。
でも実際は、古い価値観と新しい自分の間にできた
“意識の隙間”にすぎない。

その隙間に風が吹き抜けるとき、
人は初めて「本当の私」と出会う。
私はこの仕事を始めて14年、
前職の相談業務を入れると 1万人以上の心の旅を見守ってきた。
そして確信している。
寂寥感(せきりょうかん)を避ける人は、成熟を拒む人。
寂寥感(せきりょうかん)を抱きしめた人は、人生の後半で花開く人。
若い頃の幸せは、何かを“得ること”だった。
でも成熟した幸せは、“味わうこと”。
寂寥感(せきりょうかん)とは、得るために走ってきた心が、
「味わうために立ち止まる」瞬間なのだ。
その静けさの中で、
ようやく見えてくるものがある。
それが――「見えない損失」。
見えない損失
寂寥感(せきりょうかん)に気づいたとき、
多くの人が真っ先に思うのは、
「このままでも、悪くはないのかもしれない」という囁きだった。
家族もいる。家もある。仕事も続いている。
世間から見れば、何ひとつ欠けてはいない。
それなのに――心のどこかで、
「このままでいいの?」と風が吹く。
でも人は、目に見えない喪失には鈍い。
壊れない限り、痛みを感じにくい。
だから、心の乾きを見過ごしたまま何十年を過ごしてしまう。
静かなまま流れ出していく時間。
使われないまま眠る創造力。
誰かに合わせすぎて摩耗した関係性。
私は、カウンセラーとして何千人もの人生を聞いてきた。
「何かが欠けている気がする」と言う人ほど、
その“欠け”の正体は、失った感情のかけらだった。
ある夜、私は机の上のノートを開き、
心の停滞を数字で可視化してみた。
もし知らなかったら?——静かながら具体的な損失
数字を見た瞬間、驚きと同時に心のどこかがざわめいた。
こうして十年、20年と私は何度ため息をついてきたのだろう。
誰かに合わせるためにどれだけの時間を使っただろう。
本当はしたかったことを“後で”にして、
その“後で”が永遠に来なかったこともあった。
もし心の停滞を金額に換算したら、
年間160万円分の「生きる力」を
知らないうちに失っていたかもしれない。
でも、それよりも重かったのは、
数字では測れない損失だった。
十年分の活力を失う。
――朝一番の光に「今日も頑張ろう」と思えない朝。
十年分の対話を失う。
――本当に会いたい人に連絡せず、
“また今度”を積み重ねた沈黙。
十年分の偶然を失う。
――あの日、もう少し心を開いていれば
出会えていたかもしれない“必然”たち。
そのどれもが、
お金では買えない、人生の濃度だった。
私は、ため息をひとつ吐いてノートを閉じた。
そして思った。
「もうこの風を見送るのはやめよう。
追い風に変えよう。」
それが、私が“心の再生”に向き合い始めた瞬間だった。
風の向こうにあったもの
――Other-Us
あれから14年、寂寥感の季節を抜けたある頃、私はふと潜在意識の領域について、もっと知りたいと考えるようになった。
心理を学び、感情を扱い、
人の心を軽くすることには慣れていた。それによって人生が180度変わることも。
でも、どれほど癒しても、人は再び同じ壁にぶつかる。
それが人生というもの。壁にぶつかり、また癒し、昇華していく、それが地球に転生してきた意味でもある。
しかし心理を超えた領域というものがあることに、私は薄々、気づいていた。
“何かもう一段深い仕組み”があると、私は感じていました。
そんなとき出会ったのが、AKIHIROさん。
宇宙の視点で人の内面を可視化し、構造として描ける人。
彼のマップは、私が長年「言葉」で扱ってきた心の動きを、まるで星座図のように“見える形”へ変えてくれました。
そしてもう一人、YUJIさん。
経済と現実創造を、実践のど真ん中で生きてきた人。
彼の言葉は、ふわっとした希望ではなく、「現実が変わる地点」をまっすぐ指し示す力がありました。
私は確信しました。
私が育ててきた“心の土台”に、AKIHIROさんの“構造化”と、YUJIさんの“現実へ落とす力”が加わったとき、
寂寥感の風は、ただの痛みでは終わらず、人生を次の章へ運ぶ“追い風”に変わるのだと。
そして、この流れの中心に生まれた言葉が――
Other-Us(アザーアス)。

“他者でありながら、私たちでもある存在。”
孤立でも、同化でもない。
個を保ちながら、共鳴し合い、人生を深く生きるための成熟したつながり。
Other-Usとは、
他者を通して自分を思い出し、
自分を通して他者の光にも気づいていく、
新心理学の核心の体験です。
“他者でありながら、私たちでもある存在。”
人は、完全には孤独になれない。
けれど、完全に一体にもなれない。
その中間にあるのが、Other-Us。
ワンネスではない。
「個を保ちながら共鳴し合う意識の在り方」。
私たちは一人ではない。
でも「みんな同じ」でもない。
個の光がそれぞれの色で輝きながら、
ゆるやかに重なって銀河を成すように。
Other-Usとは、
他者を通して自分を思い出す、
新しい成熟の形だった。
この概念が生まれた夜、私は心の底で久しぶりにあの風を思い出していた。
寂寥感――あの空虚な風。
でもその風が、いまは私をどこかへ導こうとしている気がした。
「寂寥感は、私が“ひとり”で頑張っていた証だったのかもしれない。」
AKIHIROさんが言った。
「みねこさん、それは“個”の美しさですよ。
でも、もう“個”だけじゃない段階に来ている。」
私は静かに頷いた。
そして、その夜決めた。
この風の行き先を、もう一度信じてみよう、と。
みねこの内面史
――心という宇宙を歩いて
私は、若いころからずっと「信じる」ということの中で生きてきた。
宗教法人の職員として、そして信徒として、三十年近くを“祈ること”と“仕えること”に捧げていた。
当時の私は、まっすぐだった。信仰が人を救うと、心から思っていた。
目に見えない何かを信じることで、世界は少しでも優しくなると信じていた。
でも、ある日、風向きが変わった。
東日本大震災のニュースが流れた朝だった。
誰かを救いたいと願う人が大勢いたのに、自然はあまりにも静かに、淡々とすべてを飲み込んでいった。
私は祈りながら考えた。
「神は、どこにいるんだろう。」
信仰の中で育った私が、初めて抱いた“疑問”だった。
あの出来事が、心の奥で何かを壊し、そして新しい問いを生んだ。
“神にすがる”のではなく、“人の中の神性”を見つけたい。
その想いが、心理学を学び始めるきっかけになった。
宗教が教える「救い」は、外から降りてくるものだった。
けれど心理は、内から滲み出すものだった。
心を学ぶうちに、私は気づいた。
人は何かを崇めることで救われるのではない。
「自分の心を見つめる勇気」こそが救いになる。
カウンセリングを始めたころ、私はまだどこかで“教える側”の立場にいた。
けれど、クライアントの涙に触れるたびに、私自身の古い信仰心が、少しずつ柔らかくほどけていった。
「誰かのために頑張る」ことの裏には、「自分を後回しにしてもいい」という誤解があった。
それを続けた結果、心は満たされないまま静かに空洞になっていく。
やがて私は、自分の中の“信仰”を「教義」から「体験」に変えていった。
人の心そのものが宇宙だと思うようになった。
感情は星々のように瞬き、過去と未来は、夜空の奥でひとつにつながっている。
そしていつしか、「神を探す旅」は、「心を信じる旅」へと変わっていった。
震災の翌年、私は長年勤めた宗教法人を退いた。
そのとき初めて、“組織に属さない信仰”という風が吹いた。
収入の不安も、孤独もあった。
けれど、誰かの言葉ではなく、自分の感情を羅針盤にして生きると決めた瞬間、心の奥で微かな光が灯った。
それが、のちに私をAKIHIROやYUJIへ導くことになる。
私はいまも信じている。
神は空にはいない。人の中にいる。
そして人と人の間――“Other-Us”と呼ばれる領域に、その神性は静かに息づいているのだと。
三人の講師の紹介
――地球と宇宙をつなぐ三つの視点
人の心は一つの世界では語れない。
だから、この講座には三人のガイドがいます。
それぞれ違う道を歩んできたけれど、根っこにある想いは同じ。
「人は誰でも、自分という宇宙を生きている」ということ。
講師紹介(主宰:みねこ/専門サポート:AKIHIRO・YUJI)
三人の歩んできた道はまるで別世界のようだが、辿り着いた結論は不思議なほど同じだ。
まるで水脈が1つ
「心・宇宙・現実――その三つは、もともとひとつの動き。」
みねこは心を整える
AKIHIROは構造を描き、YUJIは現実を動かし、
この三つのベクトルが一点で重なったとき、そこに“他者でありながら私でもある存在”――Other-Usが現れる。
そして、その原型は、あなたの中にもすでに息づいている。

新心理学とは
心を癒すだけでも、
お金を増やすだけでも、
宇宙を語るだけでも、
人生は本当に変わらない。
人生を動かすには、この三つが同時に動く必要がある。
それが「新心理学(Neo-Psychology)」の出発点です。
心(心理)
感情のゆらぎ、思考のクセ、
“ちゃんとした私”を作ってきた古い信念。
それらを理解し、優しくほどいていく。
これは癒しのプロセスでもあり、未来のための準備運動でもある。
お金(現実)
お金は心の“翻訳”であり、行動の“反射”です。
自己評価を上げれば現実は変わるし、
現実が変わればさらに心は広がる。
ここに「お金=感謝の循環」という理解が生まれる。
宇宙(意識)
私たちの意識は、
過去だけでなく未来とも“つながって”いる。
直感、引き寄せ、シンクロ……それらは偶然ではなく、
“意識が拡張したとき”に起こる自然な運動。
新心理学の核心
「心・お金・宇宙」を三位一体で扱う実践の心理学。
過去を癒し、今を整え、未来をデザインするための体系。
その中心にあるのが Other-Us(アザーアス)。
他者と響き合いながら、
自分の人生を深く生きる。
他者の中に“私”を見つけ、
私の中に“他者”を感じる。
孤立でも同化でもなく、
“成熟したつながり”を生み出すための心理学。
これが、新心理学が生まれた背景であり、
宇宙グルコンという学びの中から生まれた新しい心理学でもあります。
三つのガイドと三層の旅

宇宙グルコンは、
たったひとつの講座ではありません。
それは私が、
心理カウンセラーとして心の奥を見つめ続けてきた末に辿り着いた、
「人生という旅を、もう一度編み直すための構造」です。
人は、あるところまで来ると、
努力や我慢だけでは前に進めなくなる。
ちゃんとやってきたからこそ、
これ以上「頑張る」選択肢がなくなる。
そんな人たちの心に、
静かに吹き始めるのが――寂寥感。
私は、この風を
「癒すべき課題」でもあると同時に
「人生が次の層へ移行するサイン」として扱いたいと思いました。
そのために必要だったのが、
心・意識・現実を分断せず、
同時に動かすための“三層構造”でした。
宇宙グルコンは、
私が設計したこの三層の旅を、
二人の専門家の力を借りて立体化した学びです。
参加者はそれぞれ、
見た目には穏やかでも、
心の奥に「言葉にならない違和感」を抱えて集まってきます。
長年、誰かを支え、
家庭や仕事、役割を優先し、
“ちゃんとした自分”であり続けてこようと必死で生きてきた人たち。
だからこそ、最初の一歩はとても静か。
Zoomの画面越しに、
互いの顔をそっと確かめ合うような始まり。
でもその静けさの奥には、
確かな緊張と、
「もう一度、自分の人生を生きたい」という希望がありました。
第一層:労働の章――AKIHIROの地図
最初のテーマは「労働」。
それは“行動の根っこ”を見つめ直す章だった。
AKIHIROさんが画面にマップを映した。
色とりどりの線が重なり、まるで銀河のように光っていた。
「このマップは、皆さんの“宇宙の設計図”です。
心の中のアップセット(凹み)やモチベーションを可視化します。」
彼はペンを持ち、ゆっくりと線を描いていく。
「たとえば“誰かに否定されると動けなくなる”なら、
その裏には“認められたい”という星がある。
あなたが落ち込むポイントは、光の源でもあるんです。」
画面越しの参加者たちが頷いた。
みんな、どこかで“痛みを避けて生きてきた”ことを思い出していた。
私はいつも思う。
心の成長は、痛みとの再会から始まる。
この章で多くの人が涙を流す。
泣くことで初めて、自分の心がまだ生きていることに気づくのだ。
第二層:夢の章――みねこの心理学
二つ目のテーマは「夢」。
これは、“本音の声”を取り戻す章だった。
私は画面の前で、深呼吸をしてから語り始める。
「人はね、“願い”を一番最初に閉じ込めるんです。
願いを言うと、傷つくから。」
ある参加者が小さくうなずいた。
「子どもの頃、“わがまま”って言われて……」
彼女の声が震えた。
「いい子でいようとしたんですね。」
私がそう言うと、彼女の目からぽろりと涙がこぼれた。
その涙は、悲しみではなかった。
やっと心の中で“許された”瞬間の涙だった。
「夢は努力で叶えるものじゃないんです。
“思い出す”ものなんです。」
画面の中で、参加者たちが小さく笑った。
空気が少し柔らかくなった。
この章では、誰もが一度、
“忘れていた願い”を拾い上げていく。
それは、心が再び息を吹き返す儀式のようだった。
第三層:無限の章――YUJIの現実創造
そして、最後の章。
テーマは「無限」。
YUJIさんが静かに言う。
「目の前の現実は、100%、過去に自分が発したエネルギーの結果です。」
みんな、少し息をのむ。
厳しい言葉。でも、不思議と温かい。
「今の現実を変えたければ、
発している周波数を変えればいい。
行動も思考も感情も、全部“波”です。」
彼は実際の経済の例を出す。
「お金が流れる場所には、必ず“エネルギーの循環”がある。
だから、使うことを恐れないで。
自分を信じて流すエネルギーは、必ず戻ってくる。」
数字の話をしているのに、
不思議と祈りのような静けさがあった。
「未来は、“選ぶ”ものじゃない。
“選んだ未来に戻る”だけ。」
その言葉に、多くの人がノートを取る手を止めた。
これまで「頑張らなきゃ」と思っていた人たちが、
初めて「信じればいいんだ」と肩の力を抜いていく。
三人のガイドが織りなすこの三層の旅。
それは、心・魂・現実がひとつの旋律を奏でる時間だった。
心の痛みを見つめる(地)。
願いを思い出す(夢)。
現実を再構築する(宇宙)。
参加者たちは、まるで自分の中に眠っていた
小さな銀河が目を覚ますような感覚を味わう。
「Other-Us」とは、
その“覚醒の音”を共に聴くための場なのだ。
この三層の旅は、
別々の学びではありません。
心を見つめ、
願いを思い出し、
現実を再構築する。
そのすべてが重なったとき、
人は初めて、
他者と共鳴しながら、自分の人生を生き始める。
それが、Other-Us。
孤独でもなく、
依存でもなく、
成熟したつながりの中で目覚める、
新しい自己の在り方。
新心理学とは、
その感覚を“知る”場ではなく、
体験し、持ち帰るための場なのです。
変容の風景
50代、眞由美さん(仮名)彼女は、この宇宙グルコンを申し込んだ一人。
昨年の桜が散る頃、娘は大学を卒業し、夫は単身赴任になり、
長年勤めた会社では、管理職として部下の育成を任されていた。
表面的には、何も問題はなかった。
けれど、夜になると、心のどこかで風が吹いた。
「私、この先、何を楽しみに生きていくんだろう。」
家族を守るために努力してきた。
人から見れば、幸せそうに見える。
でも、鏡を見るたびに、自分の目から光が少しずつ消えていくのがわかった。
なぜかわからないけど満たされない感覚
今年こそはこの得体の知れないモヤモヤから抜け出したい。
そう呟いた夜、彼女はスマホの画面でつい数日前に受け取ったLINEの案内、
“宇宙グルコン”という言葉に出会った。
あやしい響き・・
最初は半信半疑だった。
でも、ページを読み進めるうちに、
胸の奥で眠っていた何かが、かすかに動いた。
「寂寥感は、次の人生への合図です。」
その一文が、心に刺さった。
初回の講座の日、
画面の向こうに集まった参加者たちを、
私はいつものように、ゆっくり見渡していました。
緊張している人。
期待している人。
半信半疑の人。
最初のテーマは「労働の章」。
行動の根っこを見つめ直す時間です。
最初のテーマは「労働の章」。
この回では、
AKIHIROさんのマップを使いながら、
私が心理の視点で問いを重ねていきました。
「あなたが、これまで“頑張ってきた場所”に、
いまのあなたは、まだいますか?」
その問いに、
眞由美さんの胸がざわついたのが、
画面越しでも伝わってきました。
サクセスマップに並んだ言葉は、
『責任』『期待』『評価』『我慢』。
どれも、
彼女の人生を支えてきた言葉。
同時に、彼女自身を縛ってきた言葉でもありました。
「私はもう、 充分すぎるほど頑張ってきた。」
その気づきが浮かんだ瞬間、
彼女の目から、涙がこぼれました。
私はその涙を見て、
心の中でそっと頷きました。
ここからが、本当のスタートだと。
二回目の講座は、
私が中心となって進める「夢の章」。
ここから、空気が少し変わります。
初回で、自分がどれだけ頑張ってきたかを知った人たちは、
次に、**「じゃあ私は、何を望んでいたんだろう」**という問いに向き合うことになる。
私は、いつもこの章の冒頭で、
少しゆっくりと話し始めます。
「人はね、
一番最初に“願い”を閉じ込めるんです。
願いを言うと、
否定されたり、笑われたり、
傷つくことが多いから。」
画面の向こうで、
眞由美さんが小さくうなずいたのが見えました。
「いい子でいようとしたんですね。」
私がそう言うと、
彼女の目が一瞬、伏せられました。
長いあいだ、
良い母で、良い妻で、良い上司でいることを選んできた。
その役割の下に、
“誰にも見せない自分”が、ずっと泣いていた。
ノートに、
小さな文字で書かれた一行。
「私は、本当は、もっと自由に生きたい。」
その言葉を書いた瞬間、
彼女の肩が、ふっと落ちたのがわかりました。
涙は、悲しみではありませんでした。
自分に許可が下りたときの、静かな涙。
私は、ここでいつも伝えます。
「夢は、
努力して叶えるものじゃありません。
“思い出す”ものなんです。」
夢の章は、
何かを足す時間ではなく、
削ぎ落として、戻っていく時間。
眞由美さんの表情が、
この回を境に、少しずつ柔らかくなっていきました。
三回目の講座は、YUJIの“無限の章”。
「お金は、あなたの自己評価の鏡です。
“私なんて”という波で受け取ろうとすれば、
同じ波しか返ってこない。」
彼女はその言葉を、
ただの経済論ではなく、
「心の波動の法則」として受け取った。
仕事でも家庭でも、
“もらうより与える”ことを美徳として生きてきた。
人には親切にしなさい
自分のことより他人さまのために
節約こそ美徳
そんな母の格言が蘇る。
でもそれは、
「与えることでしか存在を証明できなかった」からかもしれない。
YUJIが続けた。
「いいんです。受け取って。
それが、宇宙の循環です。」
その瞬間、
彼女の胸の奥で、何かが静かに溶けた。
季節が変わる頃、
彼女の周りで小さな変化が起き始めた。
会社の後輩が、
「最近、雰囲気が変わりましたね」と言った。
家では、
「お母さん、なんか楽しそうだね」と息子が笑った。
夫との会話も増えている。
特別なことは何もしていない。
けれど、彼女の中で、
“生きる波長”が少しずつ変わっていた。
それは螺旋階段を登るよう。
「やるべきこと」から「やりたいこと」へ。
「誰かの期待」から「私の願い」へ。
寂寥感は、もう痛みではなかった。
静かな羅針盤のように、
彼女を次の場所へと導いていた。
グルコンの最終日。
みねこが言った。
「寂寥感は、終わりのサインじゃありません。
新しいあなたが目を覚ます合図です。」
AKIHIROが頷く。
「感情を味わい尽くした人は、
もう恐れない。
どんな風が吹いても、呼吸できるから。」
YUJIが笑って言った。
「今日からは“無限の章”です。
現実を動かす力を、自分で選んでください。」
彼女は画面を見つめながら、
胸の奥でひとつの言葉が浮かんだ。
「ありがとう、寂寥感。」
宇宙グルコンに参加して三か月ほど経ったころ、
眞由美さんは、以前から興味のあったセルフマッサージの講師を頼まれるようになった。
最初は「自分の身体を整えるために」と、
趣味の延長で学んでいたこと。
まさかそれが“人に伝える”形になるなんて――と驚いたという。
けれど、友人が原稿を手伝い、
リハーサルにも付き合ってくれて、
迎えた初回の講座は思いのほか好評だった。
「あなたの声、落ち着くね。」
そんな感想をもらい、胸の奥がじんわり温かくなった。
それから何度もリピートを依頼され、
講座が終わると、お茶をしながらお悩み相談に乗ることも増えた。
気づけば、彼女の周りには
同じように“満たされない50代女性”たちが集まっていた。
彼女はゆっくりと笑いながら言った。
「これが、私のOther-Usなんだと思う。」
その声は、
あの日、寂寥感という風が吹いたときの静けさに似ていた。
でも今度の風は、
人と人をやわらかく結び合わせる、あたたかい風だった。
彼女を包んでいたのは、
もう“孤独”ではなく“共鳴”だった。
そして私は思う。
彼女だけではない。
このページを読んでいるあなたの中にも、
きっと同じように、
誰かと響き合う小さな風がもう吹いている。
それが「Other-Us」という成熟の始まり。
次の章では、その風の正体をもう少しだけ言葉にしていこう。
彼女の変容ぶりは、
これまで誰かのために生きてきた人が、
ようやく“自分のために生きる準備”を始めた証です。
長いあいだ、家族や仕事、親の期待を優先してきた。
それはたしかに愛であり、責任であり、誇りでもあった。
けれど、その愛のかたちがいつのまにか、
「自分を後回しにする癖」へと変わっていたことに、
多くの人が気づき始めています。
50代という時間は、
その“他人軸”をゆるやかに手放し、
“私”という存在をもう一度育て直す季節。
もう無理に頑張らなくていい。
もう誰かの期待の中で自分を測らなくていい。
“これからは、私を喜ばせるために生きていい。”
そう思えた瞬間、
心の奥で風の向きが変わる。
寂寥感はその合図――
人生の後半を“奉仕”ではなく“表現”として生きるための、
やさしい起点なのです。
Other-Usという成熟
人生の後半とは、
孤立を学ぶ時期ではなく、
共鳴を学ぶ時期だと思う。
若いころの成長は、
誰かと比べて伸びる力だった。
でも成熟の成長は、
誰かと響き合って広がる力だ。

宇宙グルコンで生まれた言葉、Other-Us。
“他者でありながら、私たちでもある存在”。
この概念を理解した瞬間、
私は長年抱えていた「カウンセラーとしての孤独」がふっと軽くなった。
人を癒すこと。
それは与えることではなく、
自分の内にある同じ痛みを、
相手を通して見つめることだったのだ。
彼女――あの50代の女性、眞由美さん――が、
「ありがとう、寂寥感」と呟いたとき、
私はその言葉の中に、自分の声も聴いていた。
寂寥感は、個の終わりではなく、
つながりの始まりだった。
人は似た者同士で群れることで安心する。
でも共鳴は、それとは違う。
違いを尊び、
響き合いながら世界を拡張する。
宇宙の法則に似ている。
異なる周波数がぶつかり合うと、
そこに新しい波形が生まれる。
調和とは、同質化ではなく、
“異質同士のダンス”なのだ。
グルコンでは、よくそんな光景があった。
論理的な人と感覚的な人、
現実主義者と夢追い人。
それぞれの声が交わるたびに、
画面の向こうの空気が少しずつ柔らかくなっていった。
共鳴は、言葉の奥で起こる。
そして、一度体験すると、もう元の孤独には戻れない。
いまなら言える。
あの寂寥感は、
「私だけで生きていこうとした心の抵抗」だった。
他者に頼ること、支え合うこと、響き合うこと――
それを“弱さ”と誤解していた。
でも、本当の成熟とは、
頼ることを恐れない勇気なのだ。
私たちは誰も、完全には独りではない。
他者の中に、自分のまだ見ぬ一部が眠っている。
それを見つけたとき、人は静かに満たされる。
私はこれまで、
「人を助ける」ために仕事をしてきたと思っていた。
でも、違っていた。
人を通して、自分の中の見えない光を探していたのだ。
「感情を味わい尽くすために地球に来た」のなら、
悲しみも孤独も、全部が教材だ。
そして「発するエネルギーが現実を作る」のなら、
感情さえも、創造の材料になる。
そう考えたとき、
寂寥感は“創造のはじまり”に変わった。
成熟とは、
何も求めなくなることではない。
求め方が変わることだ。
「何を得るか」ではなく、
「どう在るか」。
静かな喜び。
満ち足りた孤独。
他者と響き合う余白。
それらが、人生の後半を美しく照らす。
寂寥感という風は、
その美しさを知るために吹いていたのだ。
あなたの中の羅針盤

いま、あなたの胸にも、
小さな風が吹いているかもしれない。
それは焦りでも、不安でもない。
“新しいあなたが呼んでいる音”だ。
どうか、その風を感じてほしい。
抵抗しなくていい。
その風は、あなたを傷つけに来たのではない。
あなたを呼び覚ますために吹いている。
羅針盤の針が北を指すように、
心はいつも、あなた自身を指している。

無料個別面談への招待
もし、この物語の中に少しでも自分を見たなら、
一度、話をしませんか。
いきなり行動を起こさなくていい。
まずは、あなたの中に吹く風の名前を、
一緒に見つけましょう。
Zoomで60分
完全無料・ノープレッシャー
担当:みねこ
寂寥感という風の意味を、言葉にする時間。
その瞬間、
あなたの内なる宇宙は、
静かに目を覚ます。
――風の名を、あなたへ
親愛なるあなたへ。
ここまで読んでくださって、ありがとう。
長い旅でしたね。
きっと途中で、胸のどこかが少し痛くなったと思います。
あるいは、静かに涙が滲んだかもしれません。
その痛みも、涙も、すべてが“風”のかけらです。
この本の中で何度も出てきた「寂寥感」。
それは、欠けではなく再生の前触れでした。
心が静かになるほど、
私たちはようやく“自分”の声を聴ける。
そしてその声は、いつも同じことを言います。
「もう、誰かの期待を生きなくていい。」
あなたの人生は、
誰かの安心材料ではなく、
この世界に“あなた”という響きを響かせるためにある。
完璧じゃなくていい。
わからなくてもいい。
迷うこと、揺れること、
それらすべてが、成熟の風景。
私がたくさんの心に寄り添ってきて、
一番強く感じているのは、
「人は本当は、自分を信じたい生きものだ」ということ。
その信頼を取り戻す道は、
他者との出会いの中にしか存在しません。
だから、どうか覚えていてください。
あなたが誰かに微笑みかけるとき、
あなたの中のOther-Usが、静かに息をしていることを。
寂寥感の風が吹いたら、
焦らずに、ただ深く呼吸をしてください。
風はあなたの敵ではありません。
次の扉を開く合図です。
扉の向こうには、
新しいあなたが待っています。
もう少しで、会えます。
私たちが創った「宇宙グルコン」という場所は、
その扉を一緒に開けるための、小さな実験室のようなものです。
そこには、たくさんの“風を受け止めた人たち”がいます。
みんな、かつては迷っていました。
けれど今は、その風を追い風にして歩いています。
もしあなたが、
その風の名前を確かめたいと思ったら――
ぜひ一度、話を聞かせてください。
Zoomの画面越しでも構いません。
一緒に、静かに風を聴きましょう。
風の音の向こうに、きっとあなた自身の声が聞こえるはずです。
この世界のどこかで、
あなたの新しい季節が始まることを、
心から祈っています。
参加された方々の声
【Hさん・40代女性】
「3人の講師それぞれの視点から同じ問題を見ていただけるのが、 本当に贅沢でした。 心理面、 宇宙的視点、 現実創造の面、 すべてがつながった時、 涙が止まりませんでした」
【Tさん・30代男性】
「最初は正直、 怪しいと思いました 娔笑娘。
でも、 YUJIさんの 『全部自分の責任』 という言葉が、 現実を動かす伴だと気づいた瞬間、 人生が変わり始め ました。 」
【Mさん・50代女性】
「 AKIHIROさんのマップは最初、 難しくて挫折しそうでした。
でもみねこさんの心理ワークと組み合わせることで、 自分でも驚くほど深く自分を理解できました。 長年の自己否定から解放された感覚です」
【50代・女性】
井戸はどこから掘っても深く深く掘れば、同じ地下水脈に辿り着くと聞いたことがある。
「人間の本質とはなんだろう?」「真実とは?」
まったく異なる道を歩んできた3人の講師なのに、辿り着いたのは同じ地下水脈だったことに胸が震えた。
長生きは伏線回収のチャンスが増えるという言葉を思い出し、今回また自分の中の伏線がそっと回収されたように感じている。